研ぎ澄ます気構え。ランニングと人生に正対する。

佐藤 真士(さとう まさし)さん

全日本剣道連盟のウェブサイトにある、竹刀の本意という説明文にはこんなことが書かれています。『剣道は、竹刀による「心気力一致」を目指し、自己を創造していく道である。「竹刀という剣」は、相手に向ける剣であると同時に自分に向けられた剣でもある。この修錬を通じて竹刀と心身の一体化を図ることを指導の要点とする。』


真士さんは小学生の頃に剣道を始めました。しっかりと向き合うこともあればそうではない時もあったそうですが、根幹には剣道からくる様々な要素が備わっているようです。背筋を伸ばして、物事に正対する。まずはしっかりと型を意識して、その後、自分の頭で考えて、工夫して、前に進んでいく。正しく構えることが大切。剣道の姿勢からくるその構えで仕事やランニングに相対していきます。


剣道を始めて、按摩師になるまで

小学生まではとてもナイーブな子供だったとのこと。先生にさされて答えがわからないと泣いてしまうような。一方で身体を動かすことは大好きで、科目の中では体育の成績が一番良かったとのことです。

剣道は小学校1年生の時に始めて、高校3年生まで12年間続けました。少年剣道から始めて、中学からは部活に。小学校からの仲間と共に中学での部活生活を続けました。

中学から高校までの間も、基本的に運動は中の上くらい、そんな中でハードル走は速かったとのことで、学年で1番になったこともあるそうです。「今こそ超長距離のランニングに取り組んでいますが、そのころはどちらかというと瞬発系が得意でした」

「剣道も最大4分間の瞬発競技だと思っています。止まって、止まって、止まって、急にガッと動く、という瞬発系の筋肉を使っていく競技だと思います」

高校は神奈川県内の公立高校に進学。そこでも中学からの剣道仲間と一緒に剣道部に入ります。ただ、なかなか厳しい先生がいて、あまりの厳しさに中学からの仲間は一人残らず1学期でやめてしまいます。自分だけが残った形になるのですが、理由としては「結局はやっぱり剣道が嫌いではなかった」ということになるとのこと。一緒に入部した仲間の中で真士さんだけが3年間やり切ることになりました。中学からの経験者だったこともあり、ポイントゲッターとして活躍しました。「自分が勝たないと、チームは勝てない」という状況で、「今考えると、そこがある種の勝負強さや責任感に繋がっているのではと思います」

高校卒業後、クラスメートたちは当たり前に大学にいく流れだったところ、第一志望の大学に落ちてしまいます。その後、大学ではっきりとしたやりたいことがないままに1年浪人することをよしとせず(周りの流れに与しない意識が素敵です)、進学はせずに自分の道を見つけよう、との覚悟を決めます。スポーツに興味があったこと、長いスパンで取り組めること、また将来的な独立も視野にいれていたこと、の理由から按摩マッサージ指圧師を目指すことに決めました。

そこから専門学校で学び、国家資格を取得し、指圧院での施術が始まります。仕事を始めてみるとすぐに、「この仕事は自分に向いているなと思った」とのこと。「指圧には剣道と同様にまず型があります。正しい角度での指のあて方、つぼの捉え方、まずは正しく型どおりに丁寧に行うことが大切だということは剣道に通じるところがあります」

また、「ここも剣道に繋げてしまうのですが、1対1の真剣勝負、という側面も施術にはあると感じています」

7年ほど働いた後独立、海老名市に『楽の種』をオープンします。「個人的な考えですが、私がマッサージをする事で直接的にその方が良くなるわけではなく、そこから身体が自分自身の力で良くなっていくと考えています。そのきっかけであり近道でなれたらという思いで仕事をしています」「その思いを込めて、楽になるための種を植えるイメージで屋号を『楽の種』としました」

楽の種は現在15年目を迎えています。ぜひ真士さんに種を植えてもらいにお立ち寄りいただけたらと思います。


photo by takumi ishiyama
photo by takumi ishiyama

ランニングとの出会い

ランニングの前に登山を始めます。仕事上、まとまった休みをとることが難しかったことから、ファストハイク的な活動を自然とするようになります。一日でどれくらいの距離を稼げるかをイメージする登山スタイルになっていき、その延長線上で「走る」ということに繋がっていったとのことでした。そこからトレーニングの一環として、ロードも走るようになります。仕事終わりに一人で近所を。「最初は3キロくらいで息が切れる状態から、だんだん距離が伸びてきてという感じでした」

走り始めて数年してから、八ヶ岳に住む友人を訪ね、その友人から紹介されてトレイルランニングに出会います。「森を駆け抜ける爽快感、その気持ちの良さを知り、虜になっていきました」その後近くで活動をしており、現在もメンバーでもあるランニングを主体とするチーム『厚木大学』を知り、そこのメンバーと一緒に走るようになります。そのメンバーからトレイルランニングのレースが存在する、ということを教えてもらいました。当初は週末に仕事を休んでレースに出るイメージが湧かなかったとのことでしたが、チームメンバーが嬉しそうに100マイルレースの話をするのを聞き、40歳になるタイミングで「いきなり100マイルのレースを完走したらかっこいいのでは」という思いが生まれます。丁度30代までは仕事に打ち込み、40代からはもう少し人生のベクトルを変えていきたいと考え始めたタイミングでもありました。

こうして100マイルレースを目指すことになるのですが、どの100マイルレースもそうですが、いきなりエントリーすることはできません。そのために出場資格を得る必要があり(多くはステップとなるような距離のレースです。100マイルの前に100キロ、その為に70キロ、その為の50キロというような)、逆算して、最短で100マイルを走る為に動き出すことになります。そして最初に100マイルにチャレンジしたのが2020年のKOUMI100というレースになります。35キロを5周回するというタフなレースです。そのKOUMI100を無事に完走。最初の100マイルレースで上位の10%に入る、という能力の高さを発揮します。

「トレイルレースに適性があると思いました」「自分自身、これまでの人生において、10人いたら4番目くらいの位置づけになることが多いと思っていたところがあります。たまに銅メダルをもらえるくらいの。組織のパワーバランスに置き換えても、トップに立つような人間ではなく、アシストするような人間だと。そんな風に漠然と思っていましたが、トレイルランニングでは初めてのレースでトップ10%に入れて、率直にそれがとても嬉しかったです。ずっと中くらいだった人間がもっと上に行けるということが」

レースにおいても剣道からくる独自の勝負への意識があります。「剣道とは個人競技であり目の前の相手に集中する、という共通点があります。レースでも前を走るランナーを抜くことに集中し、結果として最終的に順位があがっていく、というような意識で走っています」「だから全体の中で何位ということよりも、前の人とどれくらい離れているかということの方が気になります」


photo by takumi ishiyama
photo by takumi ishiyama

これからの拡がり

真士さんの活動はランニングを軸として様々な拡がりを見せています。その一つが厚木の高松山をぐるぐる走る『高松山グルグルクラブ』です。決してアクセスが良いとは言えない高松山を日曜日の早朝に走るクラブですが、メンバーもどんどん増えていき、クラブ名で大会などにも出場し、好成績を収めています。

「そんなに人を集めようと思って始めたわけではないのですが、活動しているうちに、いいね、いいね、という風に自然と仲間が増えてきて、という感じでした」「人が来てくれたらいいなとは思いますが、使命感はないし、有名になってほしいみたいな思いもないのです」その気負わないスタンスに惹かれて、老若男女のランナーが集まってきています。「自分で言うのもなんですが、いいチームに育っていると思います」「20代から60代までが一緒に練習していますが、フランクに接せられる関係が出来上がっている、というのがとても面白いです」


将来についてはこんな風に話してくれました。

「できるだけ長くトップコンディションを維持したいとは思っています。若い人に触発されている部分もあって、若いランナーからは、いつか倒してやる、とい野心を感じる、その挑んでくるという感じが、すごく僕の中でモチベーションになっていると思っています」「パフォーマンスももう少しは上げていける気がしています、そこに火をつけてくれる若いメンバーもいます、彼らの前にしっかりと立ちはだかっていきたい、と思っています」


仕事もランニングも、剣の道から来る、研ぎ澄ます感覚を大切にしていきたいとのこと。「淡々と続けながら、研ぎ澄まされていく、という感覚で取り組んでいきたいです。それは仕事もそうだし、ランニングもそうだし、そんな風に思っています」


真士さんのたたずまいがとても素敵です。余計な力が入らずに、こちらに対して身体を向けてくれて、誠実に向き合ってくれる感じが。それは剣道から来るものでもあるし、また型を学んで、そこに独自の視点を加えていく、自身の姿勢から来るものでもあると思います。これからもそのスタイルでランニングシーンをより良いものにしてくれると思います。


photo by Junpei Suzuki
photo by Junpei Suzuki

Profile

佐藤 真士(さとう まさし)さん

あん摩マッサージ指圧師/ランナー/楽の種オーナー

神奈川県出身。高校卒業後、あんまマッサージ指圧師と鍼灸師の国家資格を取得し、卒業後は当時の指圧協会の副会長の先生に師事し、その後独立。現在は個人で施術院を営む。 長距離のトレイルランニングレースを中心に出場し、様々な大会で好成績を収める。